林檎争奪戦ゲーム 2−2
〜林檎の勾配〜
甘い甘い林檎だった。
熟れた色だけで周りを誘惑するような。香だけで全てをを魅了するような。近付くつもりが無くとも、いつの間にか捕われてしまう。
――僕も見入られた一人かもしれない。
「……だろうね」
幼馴染みで親友の、戸崎馨(とざきかおる)が溜め息を吐いてそう言った。
駅前のファーストフード店で久々に会った僕らは、当り前に近況報告から話題に入った。不精な僕と違って馨は、高校時代の級友と、たまにメールもしているらしい。明るい馨の話題は兎も角、僕の最近の一番のニュースは望の事だったのだが、話した途端、馨の眉間に皺が寄った。
「普通、会って一月しか経ってない友達の葬儀なんて引き受けないって。しかも身元不明で身寄りはいない……でも天涯孤独って訳でもないようで?人が良いのは昔からだけど、いい加減付き合う友達はびなよ。いい大人なんだから」
少しくせのある髪を無意識に右手が弄っている。イラついているのだろう。昔からそうだった。他人事と割り切れば良いのに、親身になって一緒にイライラしてるなんて相変わらず物好きな奴だ。だがそんな優しさが僕はかなり気に入っていた。
「選ぶって程でもないよ。逢って、話して。何か息が合って。お互い何にも知らないけど、良い友達だったと思うよ?今思えば、随分大切な人になってた見たいだし」
「浸け込まれたのかも知れないじゃないか。岬は相変わらず見た目から、良い人ってオーラが溢れてるしなぁ……」
「良い人はお前だろ?」
「お前は自分と世間をもっと知ろうよ」
馨はくるくるとストローで氷をかき混ぜた。透明のプラスチックのコップに虹色の光が映る。
馨は短く切った髪をきっちりと後ろ向きに揃え、嫌いだと言っていた可愛らしい顔に今日も対抗していた。一々厳しい突っ込みも、その反動から来ているらしい。もっと容姿に合った格好をすれば良いのになんて考えていると、一段と鋭くなった視線が僕を指した。
「ねぇ、何に巻き込まれてからじゃ、遅いよ?」
「……そっちこそ何かあったのか?人間不信に拍車がかかってる気がするんだけど」
「おー、あるともさ。あるに決まってる。上司の愚痴に影で嫌味を言う奴らに。言えないからって更に下の奴らに当り散らして。そいつらも直接言えば良いのに、営業成績落とされるのが嫌で言えないんだ。まったく、こっちのストレスが溜るって」
「それは馨の勝手だろ」
思わず苦笑を漏らすと、水滴を滴らせたままのストローを僕の眉間の前に突き刺してきた。
「いーや、言う方が悪いに決まってるね。そういえば噂といえば、今社長がどっかの女の人に現を抜かしてるって噂があってね。この間、奥さんが飛び込んできた。社長は全く慌ててなかったから、デマなんだろうけど……火曜のワイドショーのお決まりみたいな会社だよ。退屈はしないけどさぁ」
何だかんだと言いつつ、馨は噂話や周りを見ている。少なくとも僕よりは。だかその社長は、ちらほらとテレビに顔を出す、僕でも知っている程の有名人だった。
「あの社長さんか……」
「何か、グループの次期会長らしいけど。あの人なら何とかなるんじゃないかな。そこら辺に転がってる狸より余程有能でしょ」
「グループって、常盤グループの?」
「だろうね。その一部の会社なんだから」
馨の勤める会社は良く知れ渡った大手のものだ。僕でも聞いたことのあるグループに属していて、それは財閥解体は意味があったのか判らないほど大きく、一つに纏まっている、有名なもの。ボロボロと解れが見える最近の会社の傾向とは打って変わって、叩いても埃が出無いことで、就職先としては一番人気を誇る所だった。
「……」
「あーあ。また愚痴ばっかになっちゃった?ゴメン」
「別にいいよ」
なかなかに馨の話は面白く、興味深かった。新聞を読むより詳しく、テレビを見るより簡潔に情報が確実に伝わる。趣味とはいえ話を書く僕には、彼は宝庫に見えた。
「ところで、お前の方は葬式以外何も無いのか?半年ぶりに会ったっていうのに」
「そぅだね……特には。ごくごく普通の毎日だよ。会社と家を往復して。うちの社はどうも合併とかリストラとかとはまだ無縁のようだしね」
それほど栄えているわけではないが、不景気に大して関係の無いところに立っていた。有り難い事だ。
「君と比べれば、暇な毎日を送ってる」
「つまんなそうだなぁ。まぁ、そうすると何かスパイスが欲しくなるんだよな」
特にお前はいつもネタを探しているからと、豪快に笑ってから、馨は何時に無く真剣な顔をした。
「でもあんま思わない方がいいよ。少なくとも平穏を上回る幸せって言うのは無い」
「それはそうだけど……お前ね、もっと人生を楽しもうよ。にしても何かあったっけ」
馨の思考がメディアに動かされ易いのは知っている。こういった話題を振ってくる時は大抵、世間で何かが騒がれている時だ。
「新聞見て無いのかよ。またどこかがごちゃごちゃ言ってる。何とかって言う正規じゃない軍隊がとうとう楯突き始めたらしい」
「あー外国の。隻華(せきか)軍とかってゆう……」
「それそれ。何だ知ってるじゃん」
「それがどうかしたのか、僕らには縁の無い話だろ」
「そうでもないみたいだから言ってんの。日本人が絡んでるみたいでね。軍なんて良い事無いさ。善良な市民に火の粉が飛んで来ない事を願うさ。最も詳しい事はとても判んないけど」
「それでも関係ないだろ?僕ら一般庶民には」
「んー……まぁそうかもね」
曖昧に頷くと、馨は飲み終わったカップをトレーに乗せて、リュックを肩にかけ、笑いながら立ち上がった。
「まぁ、気をつけてくれよ」
何故僕に言うのだろうか。
変わった奴だとは思っていたが。
よくよく考えてみれば、この二〇年来の友達でさえ、僕はまともに知らない気がした。
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