林檎争奪戦ゲーム 2−1
〜郷愁の擬似〜



 どれだけ中にいても嗅ぎ慣れない線香の煙の中、僕はただ一人、何も無い六畳間に座り込んでいた。
 隣の部屋から入ってくるそれは、身内のものではない。
 友人のものだ。

 彼には身寄りがなかった。
 普段、気にもしないけれど、身寄りが無いものは割と多いのかもしれない。
 現に僕もそうだった。ただ、僕のようにもう三〇を超えようという男にはある話かもしれないが、彼は未だ二五前後といった齢で、親しい人もいないと話していた事を考えると、少し寂しい人生を送っていたようだった。
 そして確かそれが話題となって、知り合いになったのが一ヶ月前。
 とある居酒屋で、酔った勢いも手伝って、何だったかに意気投合した。酒の席だ、記憶は定かではない。だが、どこから見てもそこらに溢れているサラリーマンの僕と比べ、彼は流浪の者のように掴み所の無い雰囲気を漂わせていた事は覚えている。
 はっきりとした年齢は彼が死んでから知ったけれど、例え自分より年上だといわれても納得できるような、性格も容姿もよく判らない人だった。
 顔は整っていたが他人に深い印象は与えない。
 いつでも目には飄々とした色を浮かべていて、そういえばスーツを着ている姿なんて一度も見なかった。
 食えない人だった。思い返せば全てが謎に満ちた人だった。
 彼の友人の事を名前と性格以外何一つ知らぬまま、一ヶ月も過ごしたのだ。
 おまけに、もしかすればそのどちらも彼の創り出した虚像だったのかもしれない。
 少なくとも僕は会えば話をし、見かければ声をかける、そんなありふれた人間関係を築けたつもりだった。
 だが事実、彼の事を何を聞かれても答える事が出来ない。
 死因ですらそうだった。
 殺されたのか、自殺したのか、病気だったのか。
 そんな事ですらおかしいほど何一つハッキリせず、調べた警察でさえ彼の名前と年齢、今住んでいる住所しか調べだすことが出来なかった。
 警察が僕と彼が知り合いだった事を知ったのは、たまたまその日に僕と彼が会う約束をしていて、たまたま警察が身に来た時に、たまたま僕が彼の家まで様子を見に行ったからだった。

 そう、たまたま。

 気に入らないが、図ることの出来たものでもなく、計る必要のあった事でもない。偶然が彼だったものの引き取り手を作った。ただ、それだけの事。
 それだけである、筈なのだ。

 思い返せば、たかが一ヶ月の付き合い。
 だが彼は想像以上に僕の中に入り込んでいて、長年来の親友ともそう違わないポジションにいた。

「……あるんだな、こんな事も」

 苦さが悲しみを紛らわせるかと、僕は友達から奪った、好きでもない煙草を吸った。
 薄く立ち上る煙が、線香と混ざって僕の鼻を擽った。

 望の遺体は外傷も無く、微笑んだまま部屋の壁に凭れていたと言う。
 家具等に乱れた様は無く、着ていたスーツには無駄な皺も一切無かった。
 部屋の中だから事故と言う可能性は殆ど無い。刺されたような傷も絞められた跡も無く、遺体は天寿を全うした者のように綺麗なままだったという。内臓に異常は見られず、胃から睡眠薬や毒薬が見つかる事も無かった。
 本当に、ただ心臓が止まってしまっただけなのである。
 警察は心臓の病気だったのだろうと完結したが、酒豪でヘビースモーカーを隠そうともしなかった彼が、そんな素振りを見せる事は一度だって思い出せない。

 何時撮ったのか判らない白黒写真は、嫌味な程常に作り笑いを見せつける。

「望、お前何か恨まれる事でもしてたのか?」

 写真が言葉を返す筈は無い。
 少なくとも僕にはそんな人に見えなかったが、はっきり無いとは言ってやれない。
 何分僕の持っていた像が何処まで正しかったのか、疑わなければいけなくなってきた。一体彼は『誰』だったのか。

 彼に会えなくなってしまった事よりも、それの方が悲しいかった。








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