林檎争奪戦ゲーム 1−3
〜権力の企み〜



「素晴らしい」

 男はぱちぱちと手を叩いて、心の底から言ってみせた。
 例えこの賛辞が口先だけの戯言に見えても、彼の瞳の色までは否定できないだろう。

「もう、全てが貴女のものになるのも、時間の問題だね」
「ええ。貴方があの人に逃げられなかったら、ね」

 赤い爪がワイングラスを弾く。
 緩慢に言ったその女は、ソファに背を持たれると、ゆっくりと足を組んだ。
 化粧の施された顔は、嫌味ですかと苦笑する男を横目で見つめる。
 全てが自分の思い通りとそう思うほど馬鹿ではないが、そう願える程度には己惚れていた。――叶わない夢ではない。彼女にとって、その世界はもう目前であった。指の先には触れていたかもしれない。
 従って、彼の言うことはただのお世辞ともいえなかった。

「望がここに居さえすれば、今頃世界は私のものだったわ」

 女は少し残念そうに微笑んだ。
 悔しいと表情に出さないのは本心か意地かその男にも判らない。

「彼が居なくとも、私がプレゼントしますよ」
「……できるものならお願いするわ」

 赤い唇に皮肉な笑みが良く似合う。
 女は横目で男を見た。二人は幼等部の頃からの幼馴染みだ。普段自分たちに見せているよりも、ずっと頭がきれる事は知っている。彼の言う事は必要以上の嘘が無いことも、下品なジョークを好まない事も。
 だが、その間にはただの友達という関係しかない。それも周りに仲良く見せているだけの関係であって、互いに干渉する事も追求する事もしないのは、暗黙の了解となっている。取引ではお互いを少しづつ贔屓する事はあるが、それぞれの持つ力の大きさを勝手の事、個人としては贔屓も興味も持っていない。女は自分の魅力に自信を持っていたが、この男に通用するものではない。彼が家庭を大切にしている事は知っていたし、だからこそこの関係が長く続いてきたとも言えた。

「それにしても、惜しい人を失ったわ。これは世界の損失よ」
「そうですね……。彼は必要な人だった」

 私にとって。あなたにとって。どれくらいか言い表せない程。
 目があった途端夜が来たかのように、突然二人は黙ってしまった。女は最大限に広く取られた窓から都会の夜景を眺め、男は目を閉じて煙草を取り出した。
 個人を偲ぶにしては変わった空気だったが、彼らにしてみればそれは大きな悲しみを表していたのだろう。


「ああ、そういえば」

 男はそういえば、とわざとらしく思い出した声を上げた。

「一つ面白い話がありましたね」
「……どんな話?」
「彼には生前、気を許した友達がいたそうですよ」

 驚きに目が見開かれる。すぐにそれは唇に笑みを飾り、目元までも和ませた。

「それは……興味深いわね」

 郁美は深い深い笑顔を浮かべた。
 人当たりは良くとも誰にも馴染まなかった。
 誰も特定の親しい者を作らなかった。
 彼の。

「……もっと詳しく教えて頂戴」

 一体どんな人なのかしら。
 呟く声は期待の色を隠そうともせず、控えている者達に解散を命じた。
 揃った革靴の床を叩く音に合わせて、コツコツとテンポの良い足音が窓に近付く。
 他に誰もいなくなった部屋で顔を見合わせた二人は何とも言えない笑みを浮かべて笑った。



 そう、世界は私のもの。








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